ぼちぼちと💖きらきらハートで生きて行きたい76歳の 🍅ほげとまのブログ

ヒトに逢えば何かを学べる ブロガーさんから生き方を学んでいます

兄に持って行った京城市の地図

亡母の50年供養の為
実家の神戸に着きました
弟夫婦と弟の長男一家が
神戸空港に迎えに来てくれていました


おばちゃんが着いたら
お好み焼きを食べに行こうと
計画してくれていた通り
お好み焼きを食べに行きました


弟の長男一家には小学4年生の男の子と
小学2年生の女の子がいます
お好み焼きだけでなく
焼肉もおいしいおいしいと
いっぱい注文してガツガツ食べています
めっちゃかわいい♡



翌日私の兄が私たちが待つ弟のうちに
着きました
20余年振りです
兄も77歳になりますが現役の教授と
弟から聞いていましたので
しっかりしておられるのだな。。とだけ
思っていました

もちろん白髪そして
杖をついて歩きながら
うちに入って来られました


『あのヒトはどなた?』


甥や姪に
私のことを尋ねておられるのが
聞こえました


♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥


私自身も風貌はすっかり変わっているのだから
仕方がないな・・とは思いながらも
アリトルビットショックではありました


テーブルに着くとすぐに
👇お兄さまが生まれた京城市の地図ですよ
 夫が手に入れてくれたので持ってきました
 もしお入り用でしたら差し上げますよ


兄はこの地図をちょっと見て
どこが生家なの?と聞きました
が特に興味は無いようで
というか
字も薄いし小さいし見にくかったせいでも
あると思いますので
地図から目を離し
〇〇さん(私の夫の名前)は亡くなって
何年になるの?
って聞いてくれました
9月で10年目を迎えますなどといったことを
話した後
お兄さん
この地図お持ちになりますか?
よかったら差し上げますよ


いや
いい


でした


僕は
心筋梗塞をやってしまい
そして
鬱にも
かかっていたんだ


私は驚きを押さえて
でも○○の教授としてお仕事をされて
すごいですね
ロシアにはどのくらいおられたのですか


5年はいたよ
でも今回強制出国させられた・・と
笑いあいました


若い頃は
兄弟げんかをしていて
疎遠になっていた兄ですが
あっという間に
20余年が過ぎて
そのけんかの原因を忘れさせてくれ
年老いてもなお立派な生活をされている兄に
こうして逢わせてくれたのは
母の50年忌法要のお陰だと
母というものの偉大な愛を感じました


そして次男という立場でありながら
両親の仏壇お墓親戚付き合いを続けてくれた
弟夫婦に
言葉に出せない感謝を感じました


母はいつも言っていました
お兄ちゃんはお兄ちゃんでいい
ほげとまちゃんはほげとまちゃんでいい
次男ちゃんは次男ちゃんでいい


死の寸前には
おとうちゃん(父の事)
お世話になりましたね








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